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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)173号 判決 2000年2月08日

原告

三和商工株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

上村正二

石葉泰久

石川秀樹

松村武

被告

【B】

訴訟代理人弁理士

【C】

主文

特許庁が平成9年審判第14819号事件について平成10年4月10日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

主文第1項同旨の判決。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「金属部材の溶接補修方法と溶接方法及び溶接装置」とする特許第2509124号発明(平成4年3月19日特許出願、平成8年4月16日設定登録。本件発明)の特許権者であるが、原告は、平成9年9月4日、本件発明について無効審判請求をし、平成9年審判第14819号事件として審理されたが、平成10年4月10日、本件審判の請求は成り立たないとの審決があり、その謄本は同年5月11日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

【請求項1】 金属部材の任意位置に2次電極を接続し、該金属部材の補修箇所の上に厚さ0.1~0.2mm程度の薄板状の溶接材を当てがい、1次電極を前記溶接材に局部的に押し付けて300~1500アンペア程度の大電流を1/1000~4/1000秒の短時間内にパルス状に通電し金属部材に点状のナゲットを形成すると共に、このナゲットを多数連続させ又は重複させることによって補修箇所に必要な範囲にわたり必要な厚さの点状又は線状又は面状の肉盛り溶接を行ない、しかる後に前記肉盛り溶接部分を研磨して仕上げることを特徴とする、金属部材の溶接補修方法。

【請求項2】 金属部材の任意位置に2次電極を接続し、該金属部材の補修箇所の上に厚さ0.1~0.2mm程度の薄板状の溶接材を当てがい、1次電極を前記溶接材に局部的に押し付けて300~1500アンペア程度の大電流を1/1000~4/1000秒の短時間内にパルス状に通電して金属部材に点状のナゲットを形成することを特徴とする、金属部材の溶接方法。

【請求項3】 金属部材の任意位置に2次電極を接続し、該金属部材の補修箇所の上に厚さ0.1~0.2mm程度の薄板状の溶接材を当てがい、1次電極を前記溶接材に局部的に押し付けて300~1500アンペア程度の大電流を1/1000~4/1000秒の短時間内にパルス状に通電して金属部材に点状のナゲットを形成すると共に、このナゲットを多数連続させ又は重複させることによって必要な範囲にわたり必要な厚さの点状又は線状又は面状の肉盛り溶接を行なうことを特徴とする溶接方法。

【請求項4】 金属部材の任意位置に電気的に接続される2次電極と、該金属部材の補修箇所の上に当てがわれた厚さ0.1~0.2mm前後の薄板状の溶接材に局部的に押し付けることが可能な強度及び形状を持つ1次電極と、前記1次及び2次電極間に300~1500アンペア程度の大電流を1/1000~4/1000秒の短時間内にパルス状に通電する電源装置とから成ることを特徴とする溶接装置。

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨

前項のとおりと認める。

(2)  原告(請求人)主張の無効理由

原告は、審判甲第1ないし第11号証を提示し、次の点を主張する。

[理由1]

本件の請求項1ないし4に係る発明は、いずれも本件出願前に日本国内において頒布された刊行物である審判甲第1及び第2号証により日本国内において頒布されたことが証明される刊行物に記載されている発明であり、特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないものであり、本件請求項1ないし4に係わる特許は、特許法123条1項2号の規定により、無効とすべきである。

[理由2]

本件の請求項1ないし4に係る発明は、審判甲第4号証ないし第11号証で証明されるように、本件特許に係る製品である「モールド溶着機2000(別称、モールド溶着機PITAC2000、NT-2000)」を、本件出願前に日本国内において既に不特定多数に対し公然と展示、販売を実施しており、特許法29条1項1号若しくは2号の規定により特許を受けることができないものであり、本件請求項1ないし4に係わる特許は、特許法123条1項2号の規定により、無効とすべきである。

◇審判甲第1号証;月刊雑誌「M&E」19巻2号平成4年2月号(引用例1)、平成4年2月1日発行、株式会社工業調査会発行の表紙、目次、47頁(資料請求番号0041の広告掲載頁)、274~275頁の広告索引(当該の広告が掲載されていることを記載した頁)、及び、発行日を記載した奥付け(276頁)

◇審判甲第2号証;国立国会図書館発行の「国立国会図書館所蔵図書館資料に関する証明書」添付書類=月刊雑誌「M&E」19巻1号(引用例2)の表紙、広告索引、109頁(資料請求番号0097の広告掲載頁)、月刊雑誌「M&E」19巻2号(引用例1)の表紙、広告索引、47頁(資料請求番号0041の広告掲載頁)

◇審判甲第3号証;株式会社日本テクノエンジニアリングが配布した「モールド溶着機2000」のカタログ

◇審判甲第4号証;株式会社日本テクノエンジニアリングが当該特許製品である「モールド溶着機2000」を本件出願以前に販売したことを証する請求書の謄本

◇審判甲第5号証;審判甲第4号証の取引で進和化学工業㈱に納入された「モールド溶着機2000」を撮影した写真

◇審判甲第6号証;進和化学工業㈱に納入された審判甲第5号証の「モールド溶着機2000」の進和化学工業㈱内における使用状況に対する進和化学工業㈱社員による証言を記載する宣誓供述書

◇審判甲第7号証;株式会社日本テクノエンジニアリングが当該特許製品である「モールド溶着機2000」を本件出願以前に販売したことを証する納品書の謄本

◇審判甲第8号証;審判甲第7号証の取引で㈱第一に納入された「モールド溶着機2000」を撮影した写真

◇審判甲第9号証;㈱第一に納入された審判甲第5号証の「モールド溶着機2000」の㈱第一内における使用状況に対する㈱第一社員による証言を記載する宣誓供述書

◇審判甲第10号証;株式会社日本テクノエンジニアリングが当該特許製品である「モールド溶着機2000」を本件出願以前に公然と販売、展示したことを証する株式会社日本テクノエンジニアリング前社員(【D】)による証言を記載する宣誓供述書

◇審判甲第11号証;株式会社日本テクノエンジニアリングが「モールド溶着機2000」を出展したことが記載される「'91名古屋プラスチック工業展のガイドブック」

(3)  無効理由1についての審決の検討

(3)-1 引用例の記載事項

引用例1及び2には、前記したようにそれぞれ株式会社日本テクノエンジニアリングの広告(引用例1では47頁資料請求番号0041、引用例2では109頁資料請求番号0097参照)が記載されており、それらの広告にはそれぞれ次の事項①~⑧が記載されている。

① この「モールド溶着機2000」が金型同種材料肉盛溶接機であること。

② 肉盛り溶接法として、「厚さ0.2(t)の各種金型材料や溶着材を原子結合させるコンデンサ式電気抵抗圧接法」であること(「肉盛溶接法」の欄参照)。

③ 肉盛り溶接法として、「溶着材を金型材の上に乗せ、ホルダー先端の電極を手によって加圧通電し小さいナゲット(溶融凝固部=肉盛溶接部)を作り、このナゲットを連続したり積層」すること(「肉盛溶接法」の欄参照)。

④ 肉盛補修箇所として、「三頂点の角ダレ、つぶれ」等種々の適用箇所があること(「肉盛補修箇所」の欄参照)。

⑤ 前記「モールド溶着機2000」の特徴として、短時間(1000分の4秒)で最小限の熱量のため熱影響が少なく、小さな金型部分でも歪、変形、曲がりがなく熱による変色もないこと(「特長」の欄参照」)。

⑥ 同機の特徴として、仕上げ加工は研磨、切削、放電、手加工すべて可能なこと(「特長」の欄参照)。

⑦ 同広告中の略中央部に掲載されている、「モールド溶着機2000」なる銘が記入された操作パネルと認められる写真には「+1199」なる数字が認められる。

⑧ 「溶着材料:サイズ・厚さ0.2(t)×約5(W)×100(1)」

(「特長」の欄の下段参照)

なお、審判甲第3号証のカタログは頒布された時点が不明ゆえ、その記載内容を証拠として採用しない。

(3)-2 無効理由1についての原告の主張

(ア) 請求項1~3の「金属部材の上に厚さ0.1~0.2mm程度の薄板状の溶接材を当てがう」点は、前記②の「厚さ0.2(t)の各種金型材料や溶着材」及び前記③の「溶着材を金型材の上に乗せ」るとする記載と一致し、

(イ) 同「一次電極を前記溶接材に局部的に押し付け」る点は、前記③の「ホルダー先端の電極を手によって加圧」する記載と一致し、

(ウ) 請求項1~4の溶接電流が「300~1500アンペア」の範囲である点は、審判甲第3号証のカタログからも裏付けられるように、前記⑦の写真の操作パネルにおける「+1199」なる数字表示と、その上方に記載された「溶接電流(A)」なる表記で開示され、

(エ) 同通電時間が「1/1000~4/1000秒」の範囲である点は、前記⑤の「短時間(1000分の4秒)で」なる記載で開示され、

(オ) 請求項1~3の上記「300~1500アンペア程度の大電流を1/1000~4/1000秒の短時間内にパルス状に通電」することで「金属部材に点状のナゲットを形成する」点は、前記③の「通電し小さいナゲット(溶接凝固部=肉盛溶接部)を作り」なる記載と一致している。

(カ) 請求項1~3の「金属部材の任意位置に2次電極を接続」する点の記載は、引用例1及び2に係る雑誌中に認められないが、前記①、②から「モールド溶着機2000」が「コンデンサ式電気抵抗圧接法」である記載があり、この種の溶接機においては「金属部材の任意位置に2次電極を接続」し「1次電極を前記溶接材に局部的に押し付けて」溶接を行うのは常套手段である。

よって、本件の請求項1~4に係る発明は、引用例1及び2に記載されたものとすべての構成要件において全く同一である。

(3)-3 無効理由1についての被告の主張

(a) 前記(ア)の主張に対して、厚さ0.1mmの溶接材に関する記載はない。

(b) 前記(ウ)の主張は、例えば審判甲第3号証の最終頁の「電源仕様」の中に「出力電流:0~1000(A)」が認められるように、そもそも「モールド溶着機2000」の出力電流は最大値でも1000(A)であって、この主張は誤解に基づくものである。

(c) 前記(エ)の主張は誤っており、数値の相違は明白である。

(d) 前記(オ)の主張は拡大解釈に過ぎる。

(e) 前記(カ)の主張も拡大解釈である。

(f) 請求項4の「1次電極」の「局部的に押し付けることが可能な強度と形状」、及び同じく「…大電流を…パルス状に通電する電源装置」については引用例1及び2に記載や明示はない。

したがって、本件請求項1~4に係る発明は、引用例に記載されたものと同一である、との原告の主張は誤りである。

(3)-4 無効理由1についての審決の判断

本件の請求項1ないし4に係る発明と引用例1及び2に記載のものとを対比すると、前記の記載事項①~⑧及び溶接上の技術常識から、次の点⑨~⑬が認められる。

⑨ 前記②、③及び⑧から、金型材の上に厚さ0.2mm程度の薄板状の溶着材を当てがい、溶接電極を前記溶着材に局部的に押し付けて通電して金型材に小さいすなわち点状のナゲットを形成し、このナゲットを連続させたり積層する肉盛溶接すること。

⑩ 前記⑤から、肉盛溶接の通電時間は短時間(1000分の4秒)であること。

⑪ 前記④及び⑥から、肉盛り溶接の適用は、補修箇所に必要な範囲にわたり必要な厚さの点状又は線状又は面状の肉盛り溶接を行い、しかる後に前記肉盛り溶接部分を研磨して仕上げる金型の溶接補修法であること。

⑫ 前記②で示す「コンデンサ式電気抵抗圧接法」は、コンデンサを充電し、短時間にパルス状に通電(放電)する電気抵抗溶接法であること。

⑬ 電気抵抗溶接法においては、母材である金属部材に2次電極(アース電極)を接続し、1次電極を溶接材に局部的に押し付けて溶接を行うこと。

次に、溶接電流に関しては、原告が前記(ウ)で指摘する前記⑦の写真の操作パネルにおける「+1199」なる数字表示と、その上方に記載された「溶接電流(A)」なる表記が事実であるとしても、それは単に写真表示上の事実にすぎず、そのことをもってして引用例1及び2に記載の「モールド溶着機2000」が1199アンペアの溶接電流で出力あるいは操作されることを何ら証するものではなく、これら両引用例には同溶着機2000の出力溶接電流値、あるいは該機を実際に操作する場合の溶接電流値に関する記載は見当たらない。

以上のことから、本件請求項1ないし4に係る発明の共通の構成である「300~1500アンペア程度の大電流」を通電する点については、引用例1及び2のいずれにも記載がなく、示唆するものもない。

そして、本件請求項1ないし4に係わる発明は、前記の電流値の構成を具備することにより、溶接材寸法や通電時間等の他の構成との相関関係によって明細書記載の課題を達成し、同じく作用効果を奏するものと認められる。

したがって、本件請求項1ないし4に係る発明は国内において頒布されたことが証明される引用例1及び2に記載された発明とすることができないから、原告の理由1の主張は採用できない。

(4)  無効理由2についての審決の検討

(4)-1 審判甲第4号証ないし審判甲第11号証について検討する。

審判甲第4号証は、平成4年1月13日付けの㈱日本テクノエンジニアリングから有明産業㈱に対する「モールド溶着機2000型(進和化学工業様分)」の請求書、及び平成4年1月17日付けの有明産業㈱から進和化学工業㈱への品名不明の請求書、のそれぞれの複写からなるものであるが、後者の請求書の対象品名は不明ゆえに、「モールド溶着機2000」について平成4年1月17に使用者である進和化学工業㈱との取引が行われたとすることはできない。

審判甲第5号証には、「モールド溶着機2000」の正面と、銘板の年月日欄に「3.11.」なる表示の認められるその背面と推察される写真が認められるが、この写真のものが審判甲第4号証に記載の進和化学工業㈱に納入されたものとする何らの根拠もない。

審判甲第6号証は、進和化学工業㈱の製造部長【E】の宣誓供述書であり、その内容は、1992年1月17日に㈱日本テクノエンジニアリング製のモールド溶着機2000(製番2511)を購入したこと、該機の使用方法とその仕様として本件発明の構成に相当する内容が記載されているが、その使用方法は「作業者に指示し、その作業を監督した。…したがって上記方法はその範囲内で行われていたと推定される。」ものであったり、仕様は「販売員の説明によると…とのことであった。」ものにすぎず、いずれも本人が直接経験したものではなく、しかも単なる私人の宣誓供述書である上に審判甲第9号証の別人の宣誓供述書の文面と同じであることから判断して、この供述内容に信憑性を認めることはできない。

審判甲第7号証は平成3年12月9日付けの納品書の複写であり、㈱日本テクノエンジニアリングから㈱第一への納品名として「モールド溶着機2000型」が記載されている。

審判甲第8号証には「PITAC-2000」なる表示の付いた機器とその背面と推察される写真が認められるが、この写真のものが「モールド溶着機2000」であることも、ましてや審判甲第7号証に係るそれであるとする何らの根拠もない。

審判甲第9号証は、㈱第一の取締役【F】の単なる私人の宣誓供述書であり、その内容として、1991年12月9日に㈱日本テクノエンジニアリング製のモールド溶着機PITAC2000型を購入したことを除いて、審判甲第6号証の別人の宣誓供述書の内容と文章的にも全く同じであることから判断して、この供述内容に信憑性を認めることはできない。

審判甲第10号証は、【D】の宣誓供述書であり、「NT-2000型」なる機種を平成3年9月ころから平成4年2月までの6か月間に100台程度国内において販売したこと、及びその間平成3年9月に新潟県機械工業展(日刊工業新聞社、鉄工協会共催)、平成3年11月に名古屋プラスチック展(日刊工業新聞社主催)に出展したこと等が記載されているが、この「NT-2000型」なる機種の具体的技術内容及び該機種と「モールド溶着機2000」との関係がそれぞれ不明であり、かつ単なる私人の宣誓供述書であって、その記載内容自体も信憑性が認められない。

審判甲第11号証は「'91名古屋プラスチック工業展のガイドブック」の表紙、出品会社一覧表、出品物別索引及び「株式会社日本テクノエンジニアリング 小間番号・BoothF-6」なる表題のある一枚紙の添付書類からなり、この添付書類の主な出品物の欄には「モールド溶着機2000型」の記載があるが、まず、この一枚紙の添付書類が「'91名古屋プラスチック工業展のガイドブック」に真正に綴られたものか否か不明であり、また記載の「モールド溶着機2000型」の技術内容も不明である。

(4)-2 以上のことからすると、審判甲第4、第5、第7、第8及び第10号証からは、「モールド溶着機2000」、「モールド溶着機2000型」、「PITAC-2000」、「PITAC2000型」又は「NT-2000型」なる溶接機が、公然と販売されたと認めることはできないし、またそれら機種相互の関係も不明である。

審判甲第11号証においても「モールド溶着機2000型」が記載された添付書類が真正に綴られたとすることが立証されない限り、それが公然と展示されたとする確証を得ることはできない。

また、審判甲第6号証及び審判甲第9号証は前記のそれらについての検討において示したとおり、その記載内容に信憑性が認められないから、それらの記載内容を証拠として採用することはできない。

そして、前記の公然と販売若しくは展示されたとする「モールド溶着機2000」を始めとする前記の各機種が、本件の請求項4に係る発明を含めて請求項に係る発明と同一であるとする根拠も何ら見当たらない。

したがって、前記した審判甲第4号証ないし審判甲第11号証をもってしても、本件請求項1ないし4に係わる発明が、本件特許出願前に日本国内において公然知られ、若しくは公然実施をされたとする根拠は認められないから、原告の理由2の主張は採用できない。

(5)  審決のむすび

以上のとおりであるから、原告の主張する理由及び証拠によっては本件請求項1ないし4に係わる特許を無効とすることはできない。

第3原告主張の審決取消事由

審決には、手続違背の違法があり、また引用例1、2に示される技術内容を誤認した結果、無効理由1についての判断を誤り、さらに、証拠評価を誤った結果、無効理由2の判断を誤った違法があり、これらは審決の結論に影響があるので、審決は取り消されるべきである。

1  取消事由1(手続違背)

被告は平成9年12月27日ころ、特許庁に対し本件審判事件の答弁書を提出したようであるが、特許庁は答弁書を原告に送達することなく審理を終結し、審決をしている。

特許法134条3項は、審判長は答弁書を受理したときには、その副本を請求人に送達しなければならないとしている。本件の場合、もし被告の答弁書が原告に送達され、これに対し原告に弁駁する機会が与えられていたならば、審決の結論に影響を及ぼしていたことは明白なので、審決は違法で取り消されるべきである。

2  取消事由2(無効理由1の判断の誤り)

(1)  審決は「本件請求項1ないし4に係る発明の共通の構成である「300~1500アンペア程度の大電流」を通電する点については、引用例1及び2のいずれにも記載がなく、示唆するものもない。」と認定するが、誤りである。

引用例1、2の「モールド溶着機2000」の写真には、コンデンサチャージ量として80%の表示があり、かつ、その下に溶接電流(A)なる表示の下に「+1199」なる数字が表示されている。このことは、コンデンサチャージ量が80%の時、1199アンペアの電流が流れるということを意味している。そして、溶接電流とコンデンサチャージ量とは比例するものであるから、コンデンサチャージ量が80%の場合に「1199アンペア」の電流が流れるとすれば、コンデンサチャージ量が100%の場合には「1498アンペア」の溶接電流が流れることは常識的に明白である。

(2)  株式会社日本テクノエンジニアリング作成の「モールド溶着機2000」と題する取扱説明書の表紙とその2頁目(甲第27号証)には、「コンデンサチャージ量の表示器はコンデンサ内部の電気量を表しています」(2頁「4.作業準備」の「12)」の項)との記載及び「右のダイヤルは溶接電流を調節します。左の電流計を見ながら増減します」(2頁、「4.作業準備」の「13)」の項)の記載がある。これらの記載は、引用例1、2に記載されている「モールド溶着機2000」におけるコンデンサチャージ量の表示器と電流計の表示とに関連のあることを意味している。

したがって、当業者であれば、上記の表示並びに数値により、引用例1、2の記載において、「モールド溶着機2000」では最大溶接電流が約1500アンペア(正確には1498アンペア)に達するものであることは容易に察しがつく。

(3)  被告及びその関連会社である株式会社日本テクノエンジニアリングは、本件発明そのものを実施した「モールド溶着機2000」を大々的に宣伝広告するとともに製造販売しており、「モールド溶着機2000」の技術内容は本件発明のクレームをそのまま表示したような内容を有するものであったのであるから、本件発明はその出願前に公知となっていたものであり、その特許性を欠如していたものである。

3  取消事由3(無効理由2の判断の誤り)

審決は、「審判甲第4号証は、平成4年1月13日付けの㈱日本テクノエンジニアリングから有明産業㈱に対する「モールド溶着機2000型(進和化学工業様分)」の請求書、及び平成4年1月17日付けの有明産業㈱から進和化学工業㈱への品名不明の請求書、のそれぞれの複写からなるものであるが、後者の請求書の対象品名は不明ゆえに、「モールド溶着機2000」について平成4年1月17に使用者である進和化学工業㈱との取引が行われたとすることはできない。」と証拠評価をするが、誤りである。

(1)  審判甲第3号証に「品質、性能をさらに向上させたモールド溶着機2000を開発しました(特許、実用新案、商標登録出願中。…)」とあり(表紙)、かつ引用例2の広告欄記載内容と審判甲第3号証記載内容は全く同一であることから、審判甲第3号証は、少なくとも引用例2と同時期か又はそれ以前に作成されたものである。

被告は、審判手続の答弁書において「審判甲第1、第2、第3号証等に挙示されたカタログを作成する時期には、既に模造品が多く出回り競合している」旨、述べている。当時、「モールド溶着機2000」の最大の競合品は、有限会社オーエスエンジニアリング販売の「モールドヴェルダーIMW-I」であり、これらは同社が平成3年5月から10月にかけて販売していたものである。被告はこれらの競合品に対抗するために審判甲第3号証のようなカタログを作成し、利用していたものであるから、「モールド溶着機2000」並びにそのカタログ類は、平成4年1月13日以前には完成されていたものである。

したがって、審判甲第3号証の作成頒布時期が平成4年1月13日以前であることは明白である。

(2)  審判甲第4号証をみれば、「モールド溶着機2000」の請求書が、平成4年1月13日に株式会社日本テクノエンジニアリングから有明産業株式会社に送付されたものであることは明白である。まして、当該請求書の品名下段に括弧書きで進和化学工業様分という記載があり、一方、有明産業株式会社から平成4年1月17日付けで進和化学工業株式会社あて請求書が出されているから、この請求書の品名も「モールド溶着機2000」とみるのが相当であるし、少なくとも、平成4年1月13日以前に株式会社日本エンジニアリングと有明産業株式会社との間において「モールド溶着機2000」が取引されたことは明らかである。

(3)  審判甲第5号証の写真の被写体は、株式会社日本テクノエンジニアリング社製の「モールド溶着機2000」であり、その銘板には、製造番号と共に製造年月日が「3.11」(平成3年11月製造の意味)と印されていることなどから、「モールド溶着機2000」が、遅くとも、平成4年1月13日以前に株式会社日本テクノエンジニアリングから有明産業株式会社に販売されたことが判明する。

審決は、「審判甲第5号証には、「モールド溶着機2000」の正面と、銘板の年月日欄に「3.11.」なる表示の認められるその背面と推察される写真が認められるが、この写真のものが審判甲第4号証に記載の進和化学工業㈱に納入されたものとする何らの根拠もない。」とし、審判甲第5号証に写されたものと甲第4号証のものとの関連性が不明であるとする。

しかしながら、審判甲第6号証において、有明産業株式会社から「モールド溶着機2000」を平成4年1月17日頃購入した進和化学工業株式会社の当時の製造部長であった【E】が、その関連性を明確に述べており、その機種の製造番号が2511である旨も断言している。そして、原告は、モールド溶着機2000(製番2511)の出力電流を測定して最高1500アンペアまで電流が流れることを確認している(甲第26号証)。

(4)  審決は、「審判甲第10号証は、【D】の宣誓供述書であり、「NT-2000型」なる機種を平成3年9月ころから平成4年2月までの6か月間に100台程度国内において販売したこと、及びその間平成3年9月に新潟県機械工業展(日刊工業新聞社、鉄工協会共催)、平成3年11月に名古屋プラスチック展(日刊工業新聞社主催)に出展したこと等が記載されているが、この「NT-2000型」なる機種の具体的技術内容及び該機種と「モールド溶着機2000」との関係がそれぞれ不明であり、かつ単なる私人の宣誓供述書であって、その記載内容自体も信憑性が認められない。」とする。

しかしながら、【D】は、被告と「モールド溶着機」の共同研究をしていた者であり、その改良品として、被告が実質的に経営する株式会社日本テクノエンジニアリングの名前で「モールド溶着機2000」を製作し販売するようになった者であるから、「モールド溶着機2000」については詳細に述べることができる立場にあり、その供述書は信用することができる。

第4審決取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1(手続違背)について

原告主張の答弁書が送達されていないとの事実は不知。

2  取消事由2(無効理由1の判断の誤り)について

引用例1の写真の溶接電流(A)なる表示の下に表示されている「+1199」の数字に係る電流値「1199」は、本件特許公報の図4A中の抵抗R7の両端の電流値を示すものであって、「コンデンサチャージ量」とは無関係である。この電流値は、コンデンサの放電の都度の電流値を自己保持して表示するため、リアルタイムの溶接電流値ではなく、いうなれば各放電時の電流値の「平均値」ないし「目安」程度のものにすぎない。

引用例1、2の「モールド溶着機2000」における「コンデンサチャージ量」及び「電流値」の表示(ディスプレイ)は、1次電極により点状のナゲットを形成する溶接時の各「数値」を表示するものではなく、いわばカバーケースの意匠的美観の「カッコ良さ」のために設けているものにすぎない。これは、審判甲第3号証の記載についても同様である。

3  取消事由3(無効理由2の判断の誤り)について

(1)  審判甲第3号証のカタログの「特許実用新案、商標登録出願中」なる記載をもって直ちに甲第3号証の頒布時期を特定するのは誤りである。

(2)  審判甲第4ないし第6号証及び審判甲第8号証に関する審判の認定判断に誤りはない。

ちなみに、審判甲第8号証の機種「PITAC」は、株式会社日本テクノエンジニアリングの「NT-1000」の次世代の製品であり、本件発明に係る実施品ではない。

(3)  株式会社日本テクノエンジニアリング作成の「モールド溶着機2000」の「取扱説明書」の「6.溶接作業方法」の1)項に、「ダイヤルを回しながらフットスイッチを2~3回ゆっくり踏みながら電流計の電流値を設定します。」の記載がある(乙第1号証の3頁中段)。この記載のとおり、電流計の電流値とフットスイッチを踏んだ際の実際の溶接電流値とは曖昧な関係にあり、また、同3頁12~15行目の「10)溶着材の厚みと電流調整」の項及び同3頁中段の「6.溶接作業方法」の4)項に、使用上に具体的な溶接電流値が記載され、さらに、8頁の「電源仕様」の項に「出力電流:0~1000(A)」と記載されているところからみて、被告の主張が正当であることは明らかである。

第5当裁判所の判断

取消事由2について判断する。

1  甲第1及び第2号証によれば、引用例1、2に記載の広告には、大きな文字で「モールド溶着機2000」との記載があり、その下方には白抜き文字で「NEW」と記載されていること、広告の中央部には製品の写真が掲載され、その右上に「モールド溶着機2000」との表示があることが認められる。このことからすると、引用例1、2に記載の広告が「モールド溶着機2000」についてのものであることが明らかである。

そして、引用例1、2には、上記写真の左方に、「秒単位の金型肉盛補修法」との表題の下に、「品質、性能をさらに向上させたモールド溶着機2000を開発しました。」との記載があることが甲第1及び第2号証により認められ、このことから、上記の機種「モールド溶着機2000」は、金型肉盛補修法に使用されるものであることが明らかである。

そして、甲第1及び第2号証によれば、引用例1、2には、更に次のような記載があることが認められる。

①  白抜き文字の「肉盛溶接法」の表題の下に「厚さ0.2(t)の各種金型材料や溶着材を原子結合させるコンデサ式電気抵抗圧接法。溶着材を金型材の上に乗せ、ホルダー先端の電極を手によって加圧通電し小さいナゲット(溶融凝固部=肉盛溶接部)を作り、このナゲットを連続したり積層します。溶着作業時間はパーティングラインで長さ10㎜で約60秒。」とあり、上記金型肉盛補修法に適用する肉盛溶接法の技術的概要の記載があること。

②  白抜き文字の「肉盛補修箇所」の表題の下に

「●三頂点の角ダレ、つぶれ

●エッジ部の角ダレ、つぶれ

●パーティングライン

●ピンホール

●スライド部のかじり、傷

●入子の寸法出し

●エジェクタービンの底上げ

●アルゴン溶接後の二次引け

●アンダーカット、ピット

●設変、改造肉盛

●薄物でアルゴン溶接が不可能なものなど。」とあり、上記金型肉盛補修法が適用される補修箇所の例示の記載があること。

③  白抜き文字の「適用金型」の表題の下に「プラスチック金型、ゴム金型、亜鉛ダイカスト金型など。」とあり、上記金型肉盛補修法が適用される金型の種類の記載があること。

④  白抜き文字の「特長」の表題の下に

「●オリジナル溶着材や金型材料を使用し剥離しません。

●二次引け、アンダーカットがなく、パーティングラインやゴム型の食い切りなどが簡単に直せます。

●小さいピンホールは2~3秒で直せます。リブ底の二次放電も直せます。

●アルゴン溶接後の二次引け、アンダーカット、ピンホール(ピット)も完全に補修できますので、最小限のアルゴン溶接ですみます。

●短時間(1000分の4秒)で最小限の熱量のため熱影響が少なく、小さな金型部分でも歪、変形、曲がりがなく熱による変色もありません。

●仕上げ加工は研磨、切削、放電、手加工すべて可能です。

●長いパーティングラインの溶接や多層盛は、オート通電スイッチで省力化しました。

●オートスイッチによる断続通電により、パーティングラインなどの溶接の時、丸電極の転がし溶接が簡単です。

●この溶接法ではピンホールの底から溶接し、金属の密度が高いため仕上げ面に光沢があります。

●簡単な溶接技術。30分練習してください。誰でも名人になれます。

●母材がいたまず安心して肉盛溶接ができます。

●段取り簡単。余分な溶接材が少ないので仕上げが簡単です。

●メッキ、ロー付け、アルゴン溶接、とは違います。」

とあり、上記金型肉盛補修法に「モールド溶着機2000」を適用した際の利点や注意事項が、その技術的裏付けと共に記載されていること。

⑤  さらに、「溶着材料:サイズ・厚さ0.2(t)×約5(w)×100(?)」とあり、金型肉盛補修法に使用する溶着材の形状・寸法が記載されていること。

2  引用例1、2の広告全体を総合してみると、単に、「モールド溶着機2000」の広告記事として必要な商品名やその機能、操作性あるいは利用メリットの説明という程度のものにとどまらず、より詳細かつ具体的な金型肉盛補修法の技術的事項が記載されていることが明らかである。特に、溶着材料の形状・寸法に関する記事などは、単なる広告記事が必要とする上記内容とは異なり、より純粋な技術的内容を持つものである。

一方、引用例1、2の広告に写っている機種の写真には「+1199」なる数字が、「溶接電流(A)」との表示の直下に表されていることが、甲第1、第2号証によって認められる。この数字が溶接電流であり、その単位がアンペアであることは自明のことであり、上記説示のように、広告が金型肉盛補修法としての技術内容を示していることと、1199アンペアなる数値が上記金型肉盛補修法に適用できないほど技術常識からはるかに逸脱した値ともいうこともできないことからすると、それが金型肉盛補修法に適用される溶接電流又はこれに適用された溶接電流の値と理解することは、極めて自然なこととである。

3  被告は、①「電流値「1199」は、本件特許公報の図4A中の抵抗R7の両端の電流値を示すものである」旨、②「電流値は、コンデンサの放電の都度の電流値を自己保持して表示するため、リアルタイムの溶接電流値ではない」旨、及び③「1199なる数字が電流値であることを否定していないものの、実機としてのモールド溶着機が稼働中に示す電流値ではないから、さして意味がない」旨主張する。

しかしながら、本件無効審判請求の無効理由1は、本件発明の構成が引用例1、2に記載されているというものであり、そこに示されている「モールド溶着機2000」がどのような構造を有し、あるいは、どのような態様で使われるかの点は無効理由1の判断に結び付くものではない。被告の上記①の主張は、実物である「モールド溶着機2000」の構造についての主張であり、また、②、③の主張は、「モールド溶着機2000」が実際に使用される際の作動内容についての主張であって、引用例1、2に記載の技術的事項における「+1199」なる数値の解釈、認定に影響を与えるものでない。

4  したがって、引用例1、2には、肉盛溶接をする際において、本件発明が構成とする300~1500アンペア程度に包含される1199アンペアの大電流を通電する構成が記載されているものと認めることができ、「本件請求項1ないし4に係る発明の共通の構成である「300~1500アンペア程度の大電流」を通電する点については、引用例1及び2のいずれにも記載がなく、示唆するものもない」とした審決の認定は誤りである。そして、この誤りが「本件請求項1ないし4に係る発明は、本件出願前に国内において頒布されたことが証明される刊行物である引用例1及び2に記載された発明とすることができない」旨判断した審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。

第6結論

以上のとおり、原告主張の審決取消事由2は理由があり、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決は取り消されるべきである。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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